まあ坊の気ままな旅日記

軽キャンからピコ、マッシュに乗り換です。
貧乏車中泊を極める日記書きながら老後資金
を積み上げるための投資日記も書いてます。

2017年7月29日「道の駅しゃり」しれとこ斜里ねぷた。

2017年7月29日18時28分
道の駅裏口から入ると休むところがありました。
このエリアは24時間トイレの入り口にあります。

トイレも明るく手入れが行き届いていてシャワー付なので申し分ないです。

平成29月7月21日(金)、22日(土)行われたしれとこねぷたが展示されていました。

本家青森でも ねぷたまつりがありました。

今から約200年ほど前の1807年、北海道周辺に出没していたロシア船に備え、
江戸幕府から蝦夷地斜里方面の警備を命じられたのが津軽藩です。


藩命により津軽藩士72名警備として斜里に赴任しましたが、飢えと寒さにより
絶命した津軽藩士殉難事件が起こりました。


殉難とは 国家の危難のために、身を犠牲にすることらしいです。
津軽藩士72名は「殉難の士」です。


闇に葬られていたこの事件の明細がその後、歴史的事実として知られるようになり、
昭和47年に津軽藩士殉難慰霊碑が建立され、慰霊が始まりました。


この事件が縁となり、弘前市と斜里町は昭和58年2月12日に友好都市の盟約を結び、
門外不出であった「弘前ねぷた」が伝授されたそうです。


「しれとこ斜里ねぷた」が昭和58年に初めて開催されました。
殉難した72名津軽藩士の慰霊のお祭りのような気がします。


僕の友人に弘前藩士の子孫の方がいます。
この話は初耳でした 彼女達も知らないと思います。

津軽藩でも事件の事は本当に秘密だったかもしれません
道東と東北の昔の繋がりで同じ祭りがあるんですね。

知床の展示コーナーがあります。

ここに来ると新聞も読めましたよ。

インターネットも出来るので最高です。

自販機で買った飲み物の空き缶ペットボトルも回収してくれます。

今年は「道の駅しゃり」開設10周年の節目の年です。
ロゴマークも世界遺産の風格が漂っています。

道の駅の隣に別館として しれとこ屋がありました。

この日は運転の疲れがあるので しれとこ屋 に行きませんでした。

道の駅のスタンプを押します。

きれいに押すことが出来ました。

フロントで道の駅の切符も買いました。

道の駅解説10周年の記念の切符になります。

知恵の待つハイゼット君に帰るとします。
この日の夜不思議な事が起きました。。。


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