まあ坊の気ままな旅日記

軽キャンからピコ、マッシュに乗り換です。
貧乏車中泊を極める日記書きながら老後資金
を積み上げるための投資日記も書いてます。

2017年10月9日「関山 中尊寺」白山神社の能楽殿です。

2017年10月9日16時27分
「中尊寺」白山神社能舞台 に向かいました。
芭蕉もこの道を歩いたのでしようか。

白山神社の鳥居がありました。
白山神社の能楽殿 茅葺屋根が凄いです。

神社が見えて来ました。

明治天皇も来られたのでしようか

神々の神聖なエリアです。

ピンボケで恐縮ですが 能舞台の全景です。

白山神社の由来が看板に書かれています。

参拝するのに丸い輪をくぐり抜けるようです。
何かの意味があるかもしれません。

干支のお守りでしょうか

1人の男性が走りながら探していました。
家族のお守りを探しているかもしれません。


関山 中尊寺 鎮守 白山神社の能楽殿
は1853年伊達藩主によって建立される
平成15年 国重要文化財指定

現存する江戸時代の能舞台としては、東日本唯一と言われる
貴重な建築物です。


この能舞台は、藤原まつりや中尊寺の薪能など、現在も使われているそうです。


能楽堂を後にして帰りを急ぎます。




売店の人達も閉店の準備で忙しそうです。


無事天気に恵まれて関山 中尊寺の探検が出来ました。
知恵もお利口さんに愛車を守ってくれていました


駐車場でご褒美の散歩をさせました。
今夜は新しく出来たばかりの道の駅平泉で一休みです。

2017年10月9日「中尊寺」金色堂です。

2017年10月9日16時12分


金色堂拝観券発行所の看板です
案内に従って進みました。

拝観客はもう少なめで 並ばなくても買えました。

拝観料・入館料 大人 800円です。

お金を支払うとパンフレットとチケットを貰いました。
芭樵の句が書かれています。

まず資料館を見学してから金色堂拝観です。もちろん館内は撮影禁止です。
誰もがシャッターを押す有名な場所です。

木や建物の撮影 私のデジカメは苦手のようです 
やはり一眼のマニュアルフォーカスが一番ですね。

御堂の外回りをパシヤッ。

金色堂の中はこのようになっています。

藤原家の皆さん 今も安らかに眠っています。
何とも言えない静寂の空気が漂っていました。

藤原家の皆さんは仏の信仰を守ったご褒美なのか 今も安泰に眠られています。
方や鎌倉に送られた源義経公の首は検分が終わると川に投げられたそうです。


盛大な葬儀を行った頼朝公 そのお墓もその後荒れ果ていたそうです。
御仏の力 この地では絶大のようです。
いろいろな展示物がありましたが軽く目を通しながら金色堂を後にしました。

大事な物がここにも奉納されているようです。

平泉も京都に並び国宝の古都のようです。

出口の看板に従って次に移動しました。


木の根が芸術的ですね。

奥の細道で松尾芭蕉も来ているようです。

夏草や兵どもが夢の跡 (なつくさや つわものどもが ゆめのあと)

松尾芭蕉の記念の物でしょうか

建物の中に入って見ました。

有名な能舞台に進みます。


金色堂は藤原清衡が天治元年(1124年)に建立した阿弥陀堂です。
建物の内外は総金箔張りです。
現在は鉄筋コンクリート造の覆堂内に保存されています。




2017年10月9日「中尊寺」中尊寺本堂は大きいです。

2017年10月9日16時6分
「中尊寺」参道である月見坂を駆け足で登って行くと
休日のせいか子供連れの親子が目立ちます。


地蔵堂

幼い子供たちは親達の心配は他所に元気に遊びながら
坂道を駈け上っています。

秋の日没まじかは日が沈むのが速いです。
売店の灯りが眩しく見えるほどあたりは暗かったです。



観音堂を横目に道をすすみます。

売店の中に小さな食事のペースがあるようですが 閉館まじかなので誰もいません。

上まで来ると平らな道になっています。観光客が沢山見物しています。


中尊寺の本堂に辿り着きました。

中尊寺の本堂は1909年 (明治42年)の建築です。

2013年3月24日、新本尊の丈六釈迦如来坐像の開眼法要も行われています。

源頼朝公も訪れて 各お寺を巡礼したしたという平泉 歴史の重さを感じます。



この時の頼朝の平泉訪問が、鎌倉にも影響を与えていたみたいです。


ここにも売店がありました。

何か保存されているようです。


平安時代から使われてきた鐘が保存されているようです。


いよいよ金色堂の探検に入ります。