まあ坊の気ままな旅日記

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軽キャンからピコ、マッシュに乗り換です。
節約旅行で各地の名産物を買ったりして
楽しんでいます。最近のガソリン高騰
今年の秋旅は自作の軽キャンです(^_^)/

2018/9/20 「角館歴史村・青柳家」解体新書記念館 他

青柳家自慢の庭園を見ながら移動します。

白神山地を彷彿させる景色です。

神明水です。この水は青柳家の裏山、源太寺山から、庭園内の池に数百年絶え間なく
流れ込んでいる沢水です。

その清らかで豊かな流れは、NHKの番組、新日本紀行 武家屋敷残照でもとりあげられました。井戸水の水質も綺麗な透明度でした。

この建物は解体新書記念館。1774年(安政3年)に翻訳された日本初の西洋医学書
の入門書で有名な解体新書です。

その絵図を書いたのが、なんと、青柳家の親戚筋にあたる小田野家の小田野直武です。

秋田蘭画の創始者としても有名な方ですが、洋画の先生、平賀源内さんのトラブルに
巻き込まれ失脚、30代の若さで謎の死を遂げました。

小田野直武が書いた解体新書の絵図が展示してありました。

ターヘルアナトミア この地で拝めるとは思いませんでした。

解体新書記念館を出ると小野田直武像があります。

「小野田直武 秋田蘭学の歩み」 小野田直武のストーリが紙芝居のように展示されていました。

秋田郷土館にはいると係りの女性がいます。一階では調度品などが販売されていて
隣には昔の農家の道具が展示されていました。木造の階段をあがり二階に行くと
旧日本軍関連の物や昔のレコードも展示してありました。

秋田郷土館を出て武家道具館に入りますと白岩焼という焼物が展示されていました。
 角館は秋田藩唯一の焼き物の産地でした。その起源は1771年(明和8年)。
 青柳家では白岩焼の全てを保存しているそうです。

武士の人形が沢山展示されています。

保存状態の良い駕籠も展示されています。


武家道具館を出ると、記念撮影のセットが用意されています。

敷地内にある立派な神社です。

青柳家の母屋に戻ります。

何度見ても、素晴らしい武家屋敷です。

床の間に飾られている武具に見送られ青柳家を後にします。

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2018/9/20 「角館歴史村・青柳家」武器蔵


道路に面して青柳家には黒塗りの簓子(ささらこ)塀があり、八双金具のついた
薬医門の矢板には、万延元年(1860)大工棟梁柴田岩太郎の銘が記されています。
上級武士にのみ認められるという青柳家の薬医門をくぐります。
青柳家の象徴の薬医門は、1860年(万延元年)に藩への貢献が認められ、
佐竹氏より特別に建築が許可されたものです。

入館料500円を払いパンフレットを貰います。広げてみると敷地内の地図が
描かれています。青柳家は同じ武家屋敷の石黒家の南隣にあり、3,000坪の
敷地に築200年の貴重な母屋があります。

築200年の母屋は外からしか見学出来ません。当時この入り口からの出入りを許される者は、屋敷の主と主より上の身分の者か、城主の使いの者だけと聞いた事があります。

主屋は寄棟萱葺き屋根の鍵屋で、座敷は現存する角館の武家屋敷のなかで最も豪華です。
敷地3,000坪の広い庭には、600種類もの花や木があり四季折々の表情があるそうです。
春に見せる見事な満開の桜もその一つです。

武家屋敷の見学者も海外の親子連れが目立ちました。見た感じ台湾の人みたいでした。
青柳家は廃藩置県の明治時代、まれに地主として成功し、屋敷は江戸時代よりも広大に
なり使用人の数も増えます。

建物に入ると随分と使い古びた駕籠が目に入ります。かなり昔のものかもしれません。

青柳家は、もともと甲府、水戸、秋田と移住して来ます。

仕官先の芦名家の血筋が途絶えお家断絶後、佐竹北家に仕官して家臣となった家柄です。

角館春慶塗の器が置いてあります。江戸時代の人達が使っていたものかもしれません。

武器蔵を探検します。青柳家は戦国時代、青柳和泉守と甲斐の国で言われるように
武器を作る家柄のようでした。

甲斐の国司、武田信玄のもとで関東最強の武士軍団の鎧兜も作っていたようです。

代々の役職は納戸役を多く勤め、実禄は104石。高い格式を誇っていました。

主君の芦名氏は源頼朝公の平泉攻めで手柄を立てたと言います。

芦名氏家臣の時代は会津若松で武器製造などの指導的立場だったかもしれません。

青柳家、会津の名城鶴ヶ城の普請でも活躍していたかもしれません。

近代に入ってからの銃も展示されていました。一番上の銃は、幕末のジャンヌダルクこと新島八重さん愛用の銃と同じかもしれません。

江戸時代の武家屋敷の配置図のようです。

夜着(掛布団)
青柳家で大切に保存していた客用の掛布団です。

青柳家の初期の主君は京都の公家の子息です。
名家大納言家から角館北家に養子に入りました。


京都を懐かしんだ主君は角館を京風にしたと言われます。
デザインもどこか京の匂いが漂います。

武器蔵を後にして次の展示コーナーへと移動します。


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歴史メモ  佐竹 義隣(さたけ よしちか)

佐竹 義隣(さたけ よしちか)は、佐竹氏一門の佐竹北家第8代当主。
佐竹北家角館初代所預。
権大納言高倉永慶の次男。


佐竹北家は、先代当主義直が宗家の世嗣となったため、元和7年(1621年)
に一度絶えたが、義隣の母が佐竹義宣の妹であったため、寛永5年(1628年)
に北家を相続して再興させた。明暦2年(1656年)には、断絶した蘆名氏に
代わり角館所預(城代)となり、3,600石を領した。


故郷を懐かしんで、京に似た地形の角館の山河に「小倉山」、
「加茂川」などと命名した。天和元年(1681年)、
隠居して家督を嫡男の義明に譲った。 Wik抜粋

2018/9/20 角館 武家屋敷通り (仙北市)


2018‎年‎9‎月‎20‎日、‏‎15:57:08
田沢湖の辰子像見物を終わらせ次の目的地、武家屋敷通り (仙北市)に到着します。
武家屋敷通り(ぶけやしきどおり)は秋田県仙北市角館町の道路です。


古城山(かつて角館城があった地である)山麓の国道46号から南へ伸びている、
かつての侍町である角館の内町を貫く南北方向の通りです。


この地で歴史的建造物の探検をします。公営の駐車場、仙北市桜並木駐車場を見つけ
入り口で500円を笑顔で迎えてくれた女性の係員に渡します。

領収書と地図のパンフレットを貰います。

いよいよ本物の武家屋敷を探検です。
駐車場近くのお土産店には寄らないで明るいうちに探検です。
武家屋敷通りを歩くと途中に公園あり、トイレを借ります。

公園の関係者専用の駐車場に一般の車が止まっていましたが、その車は帰りに警官に
切符を切られていたようです。やはり公営の駐車場に500円払う方が安いです。

角館樺細工伝承館 大人300円ですが時間が無いのでパスします。

角館樺細工伝承館を門から拝見しますと、カラフルな洋館です。

建物の玄関を支える柱がローマ式の円柱に似ています。

武家屋敷通りには女性の車屋さんが、お客をのせて優雅な人力車を引いています。
江戸時代と明治時代の再現です、これに駕籠かきがいれば鬼に金棒ですね。


いよいよお目当ての角館歴史村に到着します。胸が高鳴ります。

入り口で入館券を500で買います。

角館歴史村・青柳家 みちのく四百年の歴史を語る武家屋敷

入館券と一緒に立派なパンフレットも貰います。青柳家の事が詳しく書かれています。

よみがえる文化遺産 みちのく小京都の小さな探検がはじまります。


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