まぁ坊の気ままな旅日記

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特別史跡『三内丸山遺跡』②縄文のムラを探検しました。p[遺跡]q´ω `*)

まぁ坊


[2023マッシュ春旅]2023年5月1日・青森県・青森市・国道7号
世界遺産『北海道・北東北の縄文遺跡群』
特別史跡『三内丸山遺跡(青森県・青森市)』②┌|∵|┘┌|∵|┘┌|∵|┘
縄文のムラを探検しました。。。p[遺跡]q´ω `*)

三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、青森県青森市大字三内字丸山にある、縄文時代前期中頃から中期末葉(約5900-4200年前[1])の大規模集落跡。当時、クリ、クルミなど手入れされた落葉広葉樹林(ナラ林帯)に囲まれた集落で[2]、現在の沖館川右岸の河岸段丘上に立地する。1997年3月5日[3]、国の特別史跡に指定。2021年7月27日[4]、国際連合教育科学文化機関により、「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界文化遺産に登録された。遺跡には竪穴建物(竪穴住居)群、高床建物(高床倉庫)群、大形竪穴建物のほか、シンボル的な3層の掘立柱建物が再現されており、資料や出土品の展示施設「縄文時遊館」もある[5]。青森県教育庁三内丸山遺跡センターが継続的に発掘調査を行っている。三内丸山遺跡 - Wikipedia
2023-05-01・04[2023マッシュ春旅]


2023年05月01日(月曜日)曇り
12時50分
三内丸山遺跡の探検の前に手持ちの地図で遺跡物の位置の確認です。


これより縄文時代の「ムラ」を体験です。(`・ω・´)ゝビシッ!

地図の年表を見て遺跡物の時代確認が出来ました。


この道を右に曲がるとピクニック広場です。
遺跡ゾーンで唯一お弁当を食べたり出来る所です。
今日はあいにくの雨交じりの天気で誰もいないようです。

この先を左に曲がるとメインの縄文のムラに行けます。


三内丸山遺跡へようこそのメイン看板です。

メイン看板の説明を読むと、偉大な遺跡群なんだなぁと胸わくです。。。


「①環状配石墓と道路跡」の看板を読みます。

ここは縄文ムラの大人のお墓と道路跡のようです。
現在の園路が道路跡の上に設定されてるって事は、
当時の縄文ムラが完璧に再現されてる様で驚きです。


此れが縄文人の大人が眠る石で囲まれたお墓です。


斜面を削り斜めの状態でお墓がつくられてます。

お墓とお墓の間隔はこのくらいです。


縄文人のお墓から見える村の景色です。
縄文の先人達はここから子孫の繁栄見守っていたかもしれません。

村人からもお墓が良く見える位置です。みんなが歩く大通り沿いに立ち並んだお墓、彼ら縄文の人達は、亡くなった先祖の霊との繋がりが強かったのではと、勝手に想像しながら探検を続けます。


「③竪穴建物の復元」の看板に説明に目を通します。

縄文時代中期(紀元前3000年)の竪穴建物の復元物が拝めます。

それにしても紀元前3000年からこのような高度な集落を形成してた
津軽の縄文人は偉大な民族です!


最初に探検したのは茅葺の竪穴建物です。

入口に「縄文の家づくり」と書かれた立派な表札です。
なんとこの建物は小学6年生の生徒さん達の作品なんです。


中にお邪魔すると上手に復元されてて驚きました。天才の子供達です。

ぐるりと並べられた細長い板には生徒さん達の名前が書かれてました。


屋根組もしっかり出来て完璧ですよ。
天井に物が吊るしたり干したりするペースもあり良く工夫されてます。


2番目に探検したのは樹皮葺きの竪穴建物です。

入口の付近が進化したと言うか、小屋根が出来てたり、
入口のスライドドアのような工夫が見受けられます。
ここまで来たら住宅に一歩近づいた感もあります。


中にお邪魔してみると、中央に火をおこす炉があります。

炉の位置は3種類、微妙に違いがあるらしいです。


3番目の土葺きの竪穴建物です。

大地と住居が調和しててナイスですね! 
中に入って調査したかったけどなかなか人が出てこなかったので次に移動しました。


④大型竪穴建物跡

建築物の長さが10メートル以上なんて凄い大型物件、集会場の後かもしれません。


横から見た土葺きの竪穴建物、自然と調和している縄文文化です。

雨が降ったり止んだりの中、遺跡の探検は続きます。トコトコ((((( *^ω^)


⑤大人の墓(土抗墓)

ここも大人のお墓です。道路の両脇に向かい合うように埋葬なんて、
生前とても仲良く暮らしていたんですね。。。
お墓の中から副葬品としてヒスイ製のペンダントが出土したてたんですね。
村人たちが埋葬した故人をいかに大事にしてたかが心に伝わりました。


道路を挟んで仲良く埋葬されているお墓が沢山並んでました。


これは埋葬されてた縄文人のお墓の遺跡を観察できるようにしてました。

覗いて見たけど雨の後なのか良く見えませんでした。


⑥掘立柱建物(復元)

これらの遺跡は発掘時、地面に炉や床の後が無い事から、高床式と判断されたようです。


この凛々しい姿の高床式の掘立柱建物(復元)です。


建物の横方向を撮って見ました。。。 n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n


内部も、、、 n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n

土台の組み方もしっかりしてます。。。n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n


⑦北の谷(低湿地)

ここは縄文時代のゴミ捨て場の遺跡。動物や魚の骨などが発見されてます。


⑧北盛土

この盛土は竪穴建物や穴を掘った時の土やゴミが積み重なって小山のように盛り上がっていたそうです。敷き詰められた土器は紀元前約3000年の物です。
27DSC08735


⑨子どもの墓

小さな子供の埋葬には土器を用いてたようです。


縄文ムラの敷地内にある展示施設に入って見ました。
写真中央に子供のお墓があります。

施設内にはガイド付きの見学者が訪れていて少し賑やかでした。


施設を出て歩くと巨大な展示物が迫っています。縄文村のシンボルです。


⑩大型掘立柱建物

復元された大型の建物は3階建て、現在の木造建築物も三階建てまで、
建築物の強度や人の安全性を考えると此処がベストかもしれません。
屋根については諸説あるらしく復元しなかったようです。


この建築物を初めて見た時に、
縄文人は巨大な櫓を立てて盆踊りを楽しんでいたかもしれないと、
勝手に妄想していた僕です。。。♪(/・ω・)/ ♪♪(/・ω・)/ ♪♪(/・ω・)/ ♪


⑩大型掘立柱建物跡

看板には大型掘立柱建物の施工法を丁寧に書いてます。((φ( ̄Д ̄ )ホォホォ


⑩復元図

復元の施工図も完璧です。。。(。・ω´・。)ホゥホゥ


屋内展示施設で正しい施工法を見学しました。 (「・ω・`)・・・ドレドレ

穴の奥を見て見たら確かに直径1メートルのクリの木柱が確認出来ました。


施工工事の標本の現場を離れて次の施設へ移動します。
                      トコトコ(((((*´・ω・) ヘU。・ェ・。U

素晴らしい景色をもう一度、、、n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n


( ^ω^)おっ  立派な石碑があります。 


巨大な建物です。これから見に行くとします。   トコトコ((((( *^ω^)

シャッターチャンス到来、
         人が来ないうちに、、、n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n


⑪大型竪穴建物

長さ10メートル以上奥行32メートルの建築物、中で運動会も出来そうです。


巨大建物 |ヒョッコリ|q・ω・)お邪魔します
             階段を下りて巨大な施設内に入りました。

建物の先端部分に何かの神事を行ってるような場所がありました。


建物内はガイドチームが押し寄せて賑やかな歴史勉強会です。


|出口|・ω・*)ノ ォヂャマシマシタ


大施設内から出ると静かな縄文風景にもどり安堵します。。。ε-(*´ω`*) ホッ


②南盛土

ここも縄文のゴミ遺跡です。上手な発掘作業です。


来た道を引き返すとします。トコトコ((((( *^ω^)

縄文の遺跡探検も終わりが近づいてます。
             名残惜しさからか、来た道を振り返り
 n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n


トンネルの場所に戻り気になる展示物を、n[◎]コω・`)パシャッ!   チラッ(´・ω[◎]n

天気はイマイチだったけど楽しい思い出が出来ました。ありがたい事です。(^_^)/


                  ┃k-ai・ェ・o∪||ョ´・ω・)。o【縄文村発車!


2025年09月19日
御訪問、ありがとうございます。<(_ _)>

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